ヘルスケアにデザイン思考を:人を第一に考えるアプローチで、医療システムの負担を軽減

Christopher Scales

by Christopher Scales

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新しいヘルスケアの時代が到来しようとしています。2020年はヘルステックのイノベーションが多数登場しただけでなく、それがようやく一般の人々にも浸透し始めたことを実感させる年でした。ただ、推進力が増しているとはいえ、ヘルスケア分野全体を見れば、デザイン思考を導入して、さらに開拓を進めていくべき領域が多く残っています。

現状では、まだ過去の考え方にとらわれている側面があります。ユーザーを患者としてのみ扱い、消費者としての認識が二の次になっている傾向がエコシステム全体で見られます。これは些細なことではありません。この認識の違いが、患者さんのアドヒアランス(治療への積極的な関与)や生活の質、医療従事者の仕事の質に直接影響しているのです。

デザイン思考とは? ヘルスケア分野での活用方法は?

ヘルスケア分野におけるデザイン思考は、問題解決に向けた人間中心のアプローチです。デザイン思考は、共感(エンパシー)、問題の特定、主要なステークホルダーとのアイデアの共創から始まります。

これらのプロセスは、ヘルスケア分野にとって特に重要です。成果報酬型の医療費制度が広がりを見せる中、医療提供者が蓄積している定量的データから、定性的な推論を行うことが重視されるようになっているからです。

簡単にまとめると、ヘルスケアのデザイン思考とは、主に患者さんや医療従事者といった人々を中心に考え、実際の状況やニーズを見極めて、最良のソリューションを提案していくアプローチです。デザイン思考はヘルスケアのどの領域においても効果的です。システムレベルでも、公衆衛生や集団医学の課題解決にも、デザイン思考のアプローチを活用できます。

デザイン思考に関する、よくある誤解

「デザイン」という言葉から、ファッションやブランディングの業界で行われているような、消費者向け製品の視覚的な美しさを作り出す作業だと誤解されることがよくあります。

複雑なビジネス課題に対処する「デザイン思考」はそれとは異なります。上記のようなイメージで捉えてしまうと、意思決定者がデザイン思考の力を過小評価することにつながってしまいます。デザイン思考は、デザインという言葉の一般的なイメージを超える領域を含んでいるのです。

また、デザイン思考は、民主的に問題解決を目指すアプローチであるため、デザイン部門でなくても実践できます。例えば、以下のようなヘルスケア分野の多くの組織で、デザイン思考を活用できます。

  • 新しい治療法の有効性を向上させようとしている医師チーム
  • 新製品の効果的な提供を目指す運用チーム
  • 医療機器から収集されたデータを基に収益化を目指すエンジニアリングチーム
  • 地域の市場開拓戦略を策定するマーケティングチーム

この他にも、さまざまな組織が挙げられるでしょう。また、部門や組織を横断したコラボレーションにも、デザイン思考は優れた効果を発揮します。

デザイン思考の主要4原則

デザイン思考で重要になるのがマインドセット(思考の方法)です。問題解決に向けて、そのマインドセットを信頼し、それに沿ってプロセスを進めていく必要があります。Starでは、4つの主要原則を中心にマインドセットを概念化しています。

この原則を適切に取り入れて、説得力と影響力のあるヘルスケアソリューションを生み出せれば、ヘルスケア分野の競争で一歩抜け出せるでしょう。

ヘルスケア デザイン

原則1:コストにとらわれず、常にユーザーのニーズを考える

メドテック(Medtech)分野のある会社の例を挙げます。この医療機器メーカーは、市場競争の激化と利益確保への圧力から、基幹ビジネス以外で新たな収益源を得るために、データ関連サービスの調査・実装を行おうとStarに協力を求めました。

製造からサービス提供へと事業を移行させるために、同社には、新たな組織構造やビジネスモデル、そして社内のマインドセットの変革が必要でした。また、ネットワーク接続されるハードウェアがますます増え、医療のIoT(Internet of Medical Things)が広がる中で、同社は認識の範囲をこれまで以上に拡大させていく必要がありました。

また、ネットワーク接続されたスマートな製品から抽出されるデータを、誰が利用するのか、どう収益化すればよいのかについて、考えていく必要もありました。ライフサイクル管理、サプライチェーン、メンテナンス、サービスの利用に至るまで、製品のバリューチェーンで関わるあらゆる人が、データから恩恵を受けられる可能性があります。

このような課題に対してStarが行った支援は、人間中心のリサーチが、ヘルスケアの革新に重要な役割を果たすことを示す一例になるでしょう。関連性の高いサービスを継続的に提供していくための鍵となるのは、エンドユーザーの理解です。メドテック企業、保険者、エコシステム内のその他の関係者など、リリースする製品やサービスから恩恵を得る人々にとって何が本当に大事なのかを考えて、フレームワークを構築するところから始める必要があります。

そのようなフレームワークを持つヘルステック企業は、自社の変革をうまく導けます。このフレームワークは、正しいイノベーションの方向を定め、話題の最新技術などに不用意に惑わされないためのガイドとしても役立ちます。

また、エンドユーザーからのインサイトの取得方法も重要です。患者さんは本当のニーズを正確に表現できない状態にある場合も多いため、従来式のアンケートでは、現状を十分に把握できないことがあります。

その場合は、訓練を受けたリサーチャーがエンドユーザーの反応や行動を観察・記録して実状を理解する、エスノグラフィー(民族誌)的なインタビュー手法が必要となります。最初の段階で正しい答えが得られないと、その後、見当外れの方向に進んでしまう恐れがあるため、リサーチ方法の選択は大切です。

原則2:第六感を含む、あらゆる感覚に訴える

リサーチで十分に知見を収集したとしても、そこから新しい機会を発見するのに万能な方法はありません。そこでデザイン思考ならではの、経験に基づいた直感力の出番です。つまり、適切な人物にとってアイデアが理にかなっていると直感的に思われる場合、それを進めるべきだと判断します。私たちはこれを「センスメイキング」と呼んでいます。

センスメイキングとは、洞察から機会を見出すために、論理を超えた判断を行うことです。そのアイデアは不確かではあるものの、投資するのに十分な価値がある腹の底から感じられるなら、その直感を信頼することです。

センスメイキングは、アブダクション(仮説)的推論としても説明できます。アブダクション的推論は、演繹的推論との違いを知るとわかりやすくなります。演繹的推論は、日常的に行われている推論方法で、不確実性を取り除くことで論を成熟させていきます。単純な例としては、次のようなロジックがあります。

すべての人間は死ぬ運命にある。

ジムは人間だ。

だから、ジムは死ぬ運命にある。

開発プロジェクトの場合などでは、この演繹的推論は有効な方法論になります。ただ、洞察から機会を導こうとする際には、この考え方はチームの創造性を制限してしまう場合があります。イノベーションを起こす可能性のあるアイデアは、特に初期段階では、リスクが高いと判断されがちだからです。

つまり、演繹的推論だと、実行可能性を検証する前に、アイデアをつぶしてしまう恐れがあります。一方、仮説から考えるアブダクション的アプローチにより、データや知見を基に直感的な判断を行うと、新しい機会を創出できる可能性が高まります。

データの収益化戦略を模索していた医療機器メーカーの話に戻ると、この原則を適用することで、その会社はユーザーインサイトと専門知識を組み合わせ、正しいと感じられるデータ収益化モデルの構築に着手できました。この段階では、不確実性を許容する力が不可欠です。意思決定者による公正な評価を受け、リソースを投入する判断をして、アイデアを具現化するまでには、ある程度の時間や忍耐が必要だからです。

ヘルスケアデザインとは

原則3:速く作業し、早く失敗する

直感に基づく判断には、不確実性がつきまといます。この不確実性にうまく対処したいなら、迅速に作業を進めることです。不確かなアイデアに多くの資源を投入することは、スタートアップや中小企業はもとより、大企業にとってさえ気が進むものではありません。

あるアイデアに対して、100%の確実性を目指して多大な労力が費やされるケースがよくあります。しかし、完全な確実性を保証することは不可能です。達成不可能な目標に向かって貴重な資源を浪費しないようにしましょう。その資源は代替案の作成や、他の要素の向上に活用するほうが有益です。

例えば90%の完成度を目標として、一定時間のみを投じるようにします。そのアイデアが最終的に実現不可能だと判明した場合でも、投資した時間や資源が少なければ、喪失も少なくてすみます。

先の医療機器メーカーの場合、ユースケースについて90%の確実性で良いという感覚が共有されたことで、デザイン、プロトタイピング、テストのプロセスを通じて、アイデアを迅速に検証できました。

原則4:ビジュアル思考で、チームやステークホルダーの共通理解を得る

デザイン思考に絶対にビジュアルが必要なわけではありませんが、アイデアを構想する際に視覚的ツールを使用することには、一般に大きな効果があります。

知識を図示・視覚化することは、戦略的な方向性を定める際に大きく役立ちます。マッピングの手法を用いることで、複雑な問題を整理でき、カスタマージャーニーを理解して、潜在的な機会を発見できます。

視覚化により、すべての関係者が理解できる共通言語が生まれるため、部門横断的なコラボレーションにも効果的です。

例えば、エンジニアリング、マーケティング、サポートの各部門が共通認識を得て、円滑に共同作業できるようになります。ストーリーボードや短い動画などを使えば、よくあるPowerPointやPDFよりもインパクトのある形で、アイデアを視覚的に伝えられます。

この原則をヘルスケア分野に活用するには?

ヘルスケアは、デザイン思考のアプローチに非常に適した分野だと言えます。ZEISSとStarのパートナーシップの例から、原則が実際にどのように活用されたかをご紹介します(この事例は前述の医療機器メーカーの話ではありません)。

ZEISSは、光学・オプトエレクトロニクス(光電子工学)の分野で世界をリードする企業です。ハードウェアやデバイスを扱う多くの従来型メーカーと同じく、同社もサービス提供の領域に進出したいと考えていました。新たな収益源、ブランド認知度アップ、顧客サービス向上の機会が生まれ、パートナーの販売店が経費を削減し、常駐する検眼士への依存を軽減できることが期待されていました。

この課題に対処するにあたって、Starは現状を掘り下げて分析しました。そして、特に僻地にいる検眼士の多くは、予約が入っていない時間が多いことを発見しました。

私たちはデザイン思考の原則を適用し、ZEISSが潜在的な顧客を獲得して、ワークフローを改善するための手順の定義を支援しました。Starのデザインチームは、ソリューションのプレバージョンの調査、プロトタイプ作成、反復的な検証を行い、そこから貴重なユーザーインサイトを得ました。これは、最終的な設計を評価するために不可欠なプロセスでした。

そして、Starのエンドツーエンドのサービス開発能力を活用し、最終的に、HIPAA準拠の遠隔医療ソリューションであるVISU360プラットフォームを生み出しました。これにより、販売店は経費を削減でき、検眼士はスケジュールを適切に管理して空き時間を有効活用し、より多くの患者さんに検眼を行えるようになったほか、リモートでも安全な医療サービスを提供できるようになりました。

このプロジェクトは、サービス事業の推進だけでなく、収益増やブランド価値の向上など、さまざまな側面でZEISSに恩恵をもたらしました。

これはデザイン思考を活用したプロジェクトの一例です。柔軟な利用を求める患者さんと、時間の有効活用を求める医療提供者の双方のニーズを理解することで、最終的なソリューションが生まれ、すべてのステークホルダーの関係性が深まりました。

ヘルスケアデザイン - ZocDoc

他の業界の類似事例を参考にして、デザイン思考を実践する

デザイン思考は、単なる抽象的な哲学ではありません。デザイン思考に基づき、テクノロジーを活用して、大きな価値を日々創出している企業が数多くあります。

人々はヘルスケアサービスに、ますます精通してきています。急速に変化するユーザーの期待や行動に適応するため、特に従来型企業は、他社の成功事例を今すぐ適用していく必要があります。ヘルスケアは一般消費者向けのサービスになりつつあるのです。

ヘルステック分野のリーダーには、他社、特に領域横断的な企業の課題対処事例を参考にすることをお勧めします。類似事例を知ることで、特定の課題を把握できるほか、デザイン思考アプローチの全体像もつかみやすくなります。

フィンテック分野のサービスが良いお手本になるでしょう。例えば、Mintのようなアプリでは、ユーザーは瞬時に自身のファイナンスの健全性を把握できます。もちろん人間の健康はファイナンスほど簡単ではありませんが、使いやすいダッシュボードやバーチャルアシスタントといったツールを導入し、サービスの利用を簡素化することで、ヘルスケア体験を向上させ、ユーザーとの関係性やロイヤルティを深められるはずです。

ヘルスケアサービスでは、ユーザーがホスピタリティ(おもてなし)を感じられることが重要です。ニーズに合うケア提供者とマッチングできるZocDocのようなサービスから、遠隔医療、全く新しい在宅ケアサービスまで、患者さんはこれまで以上に多くの選択肢の中から、医療サービスを「購入」できるようになっています。あらゆるタッチポイントにおいて、このことを考慮する必要があります。

ウェルネスライフ デザイン思考

ヘルスケアのデザイン思考で、考慮すべき重要ポイント

人間中心のデザインは、価値に基づくヘルスケア製品やソリューションを提供するための理想的なアプローチであり、ヘルスケアに革命をもたらすものです。

この先の取り組みを計画する際には、以下のデザイン思考の基本原則に立ち返るようにしましょう。

  • デザイン思考は、エンドユーザーを第一に考える人間中心のアプローチである。
  • デザイン思考は、狭義のデザインだけでなく、ビジネスの複雑な課題の解決に向けて、さまざまな部門で活用できるものである。
  • 患者さんも消費者であり、これまで以上に多くの選択肢を持っている。
  • デザイン思考は、問題を解決するだけでなく、人々の声に耳を傾け、理解することで、問題を発見できるものである。
  • 苦痛や需要に関するエンドユーザーの本音を正確に把握するために、必要な投資を行うこと。
  • 適切な人物による、それが正しいと感じられる直感を信頼すること。
  • 迅速、安価、早期のプロトタイピングが、大胆で新しいアイデアが生まれる機会を作る。

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デザイン思考を活用して、ヘルスケアの革新を促進する

ヘルスケア分野において、デザイン思考の活用は不可欠です。今日の重要な健康課題の解決に向けて、価値に基づいたソリューションを創出するための強力なツールとなるからです。だからこそ、Starはあらゆる取り組みにデザイン思考を取り入れています。

人間中心のデザインについて詳しく理解することで、ヘルスケア分野でのチャンスが生まれます。ぜひStarのデジタルヘルス専門チームにご連絡ください。

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Christopher Scales
Star 戦略&インサイト担当ディレクター

Starの戦略&インサイト担当ディレクターであるChristopherは、主に健康&ウェルネスチームとともに、エンゲージメントとヘルスアウトカムの向上を目指して、人間中心のデジタル戦略の策定に取り組んでいます。ヘルスケアデザイン分野の経験に加え、コンシューマーエレクトロニクス、自動車、重工業の分野でも製品・ソリューションの市場投入に実績があります。Starに加わる前は、戦略的デザインコンサルティングや企業内デザイン、イノベーションのグループで数々の重要な役職を担ってきました。

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