新しいタイプの契約やパートナーシップ、ビジネスモデルが、ヘルスケア業界のビジネスを再定義しようとしています。その背景には、上がり続けるコストを管理しながら患者さんのより良いアウトカムや体験を実証することへの政府や保険者からの要望をはじめとする、さまざまなプレッシャーがあります。さらに、医療がますます分散化するなか、患者さんの自主性へのニーズの高まりも、デジタルヘルスケアソリューションの需要を後押ししています。
こうした変革は、技術の進歩、患者さんや消費者がより情報に通じて積極的になっていること、遠隔医療の新しい償還体系といったその他の要因とあわせて、より緊密に相互接続されたビジネス環境への土壌を固めつつあります。
医療ビジネスの主要なプレイヤーであるメドテック企業、製薬会社、保険者に目を向けると、新たな価値の創出が、ビジネスチャンスの拡大だけでなく、業界の規制をはじめとするさまざまな課題の克服にも役立つことがみえてきます。本記事では、この変化を推進する要因、支払いの革新がもたらすメリット、新しいビジネスモデルとパートナーシップについて掘り下げ、戦略強化のための提案をお伝えします。
ヘルスケア業界の新しいビジネスモデルを推進する力
従来型の製薬会社も、プログラム医療機器(SaMD)のパイオニアも、メドテックのスタートアップも、どの企業も未来に目を向けるなら、自社プロダクトの機能や提案する価値の創出、規制および市場参入の戦略、そしてテクノロジーエコシステムへの統合に、重点的に取り組む必要があります。
これらはヘルステックに携わるあらゆる企業にとって標準となるテーマです。そのなかで、とくに次の5つの力が新しい支払いモデルへの関心を高める要因になっています。
- 市場力学の変化:医療の利用者や保険者からのコスト圧力の高まりと、医療システムを透明性の高いケア組織のネットワークに統合しようとする動きにより、協調的なケアの実現と、交渉力の向上による価格引き下げが可能になろうとしています。
- 規制の変更:遠隔医療やデジタル医療機器における新しい償還方法、相互運用性へのニーズの高まり、メディケア等の請求体系の変更が、技術開発とセクター間のパートナーシップへの新たなインセンティブを生み出しています。
- ヘルスケアの変革:病院から自宅へのケアの移行、予防医療やオンライン医療の広がりが、対面式の医療提供に破壊的な変革をもたらそうとしています。
- テクノロジーの進化:メドテック、デジタル治療(DTx)、プログラム医療機器(SaMD:Software as a Medical Device)、デジタルヘルスケア、遠隔モニタリング機器、IoMT(医療分野のIoT)、AIなどが、医療提供およびワークフロー全体を変えようとしています。
- 価値に基づく医療:公共および民間のプランにおいて、サービス単位での料金請求ではない、新しい支払い・償還モデルが生まれています。とくにアカウンタブルケア組織(accountable care organization)や政府からの圧力が高まるなか、医療提供者は質の高いアウトカムを提供することに対して、より大きな責任を負うようになっています。
支払いの革新がもたらすウィンウィンの効果
新しい支払いモデルは、医療提供者、保険者、製薬会社、メドテック企業のいずれにもメリットをもたらします。まず、医療提供者と保険者は、メドテック企業と契約を結ぶことで、財務的なリスクや、エビデンスに基づいて患者さんのアウトカム向上を実証するニーズの一部を移転させることができます。このようにインセンティブを整理することで、ケアの質と患者さんの体験が向上し、結果として医療コストが削減され、保険者と患者さんへのメリットとなります。
この例のひとつが、Medtronicです。同社は1000の病院との契約に、リスク共有型のアプローチを採用しました。同社の心臓用埋め込み電子機器向けの吸収性抗菌エンベロープ「TYRX」は、感染による死亡率を低下させ、関連する医療費を削減することを目指して設計されています。もしTYRXが感染を防げなかった場合、Medtronicは病院に対してその費用の一部を返金しなければなりません。
ヘルスケア業界における新しいビジネスモデルとパートナーシップの例は、このほかにも数多くあります。成果分配、デバイス・アズ・ア・サービス、モニタリング・アズ・ア・サービス、管理・オペレーションのアウトソーシングなど、今後も新しいタイプの契約がさらに増えていくでしょう。
このような契約によって、メドテック企業は、価値に基づく医療を実現しなければならないという大きなプレッシャーに直面するように思われるかもしれません。しかし、パートナーシップを結ぶことには、以下のような多くの利点があります。
- 売上の増加と市場リスクの低減:メドテック企業は、保険者とパートナーシップを結ぶことで、医療ネットワーク内の関係者に直接アクセスしたり、紹介を受けたりできるようになります。
- ユーザーデータへのアクセス性向上による製品の改良:メドテック企業は、医療提供者との関係を強化し、ユーザーデータの共有についての契約を結ぶことにより、自社のプロダクトがどのように使われているかについて直接的に把握できるようになります。
- 顧客との関係強化と、他のプロダクトへの乗り換え抑止:保険者や医療提供者からの推奨を得ることで、顧客からの信頼が高まり、コスト面でもそのプロダクトを使い続けた方が有利な状況が生まれます。
- 包括的なソリューションによる市場シェアの拡大:メドテック企業は市場内でターゲットを絞って、遠隔患者モニタリング、健康日誌、食事記録などの補完的なサービスを販売できるようになります。
- 価格破壊の防止:パートナーシップにより、固定契約を結ぶことで、競合他社が類似した製品を低価格で販売することを防げます。
- 研究開発の効率化:メドテック企業は、エンドユーザー像をより明確に把握し、必要に応じて試行錯誤することで、ソリューションを進化させることができます。
- ビジネス上の意思決定の強化:アクセスできるデータが増え、保険者や医療提供者との関係が強まり、営業プロセスが合理化されることで、メドテック企業は、市場の力学について、そして自社の事業をどう位置づけ、管理し、成長させるかについて、より深く理解できます。
このようなメリットは、事業を展開する市場が規制対象かそうでないかを問わず、あらゆるメドテック企業に当てはまります。さらに、患者向けのアプリケーションを擁する企業は、医療利用者に直接アクセスできることで、認知度、採用率、信頼度の向上につなげられます。
また、重要なポイントとして、医療提供者は新しいテクノロジーの採用をためらいがちです(とくに償還に関わる場合)。そのなかでメドテック企業が、保険者や患者さんと直接連携してさまざまな課題を乗り越え、業界内での利用を促進できれば、医療提供者からの支持も得やすくなるでしょう。
ヘルスケア業界に広がる新しいビジネスモデルとパートナーシップ
今、毎日のように、ヘルスケア業界のプレイヤー間で価値主導型のパートナーシップが生まれています。その注目すべき例を以下にご紹介します。
大企業の雇用主を顧客とするデジタルヘルス企業
企業の雇用主は、自らの従業員の健康を保つことに強い関心を抱いています。 ビジネスリーダーの90%以上が、従業員の健康増進が生産性、業績、プレゼンティーズム(心身の不調によって生産性が制限される状態)に影響を与えると回答しています。
そのようなニーズに応える企業の一例がCalmです。実際にLincoln、Universal Music Group、Kraft Heinzなど1500以上の組織が、従業員のウェルネス増進プログラムの一環としてCalmのプラットフォームを採用しています。
両者にとってのメリットは明らかです。Calmは、規制当局の承認を得るための複雑な手続きや費用負担を避けながら、数百万人のユーザーにアクセスできます。一方、顧客である雇用主は、従業員のメンタルヘルスを向上させ、燃え尽きを軽減できる費用対効果の高い方法が得られ、無理して出社し仕事の能率が下がるといった悪循環の可能性を低減できます。
このようなB2C2Bのアプローチは、デジタルヘルスケア、とくに製薬業界において効果的であることが実証されています。硬直的な福利厚生を変革し、誰もがメリットを得られる方法です。Calmの例のように、従業員や保険加入者をマーケティングの対象とすることも可能になります。
Teladocも、新しい形のパートナーシップとして注目すべき例です。同社は、顧客である雇用主に対して従業員数に応じたプランを用意し、ユーザーが同社のサービスにアクセスするごとに料金が発生するサブスクリプションベースの支払いモデルを提供しています(料金は実際のサービス利用の有無にかかわらず適用。また別途コンサルティング料金も必要)。これにより、とくにサービス利用に関連して大きな収益がもたらされ、Teladocは過去4年間の収益において69%の年平均成長率を達成しています。
デジタルヘルスプラットフォームと臨床診療
メンタルヘルス分野においても、アクセス性とネットワークのギャップを埋める、効果的なパートナーシップが生まれています。
Headspaceは、メンタルヘルスに不安を覚える人々が初期段階の指標を得られるサービスを提供しています。同社は、メンタルヘルスケアの専門家やSolera Healthのような医療ネットワークと提携し、資格審査やスクリーニングを行って、患者さんをメンタルヘルスの医療提供者に紹介します。 医療提供者は、受け入れた患者さんの数に応じてHeadspaceに料金を支払います(サブスクリプション費とB2B費も別途必要)。一方、Solera Healthにとっては、自社のサービスを提供するチャネルが増えるというメリットがあります。Headspaceは、慢性疾患や行動保健といったSolera Healthの他のプログラムを補完し、ユーザーのエンゲージメントを高め、収益を増やすことに貢献します。
このような仕組みは、患者さんが必要なケアを受けるにあたって有用であると同時に、Headspaceと保険者の長期的な関係を促進するうえでも効果的です。さらに、Headspaceのプラットフォームを通じて直接、医療専門家の相談を受けられる機能も組み込まれていることで、このパートナーシップは進化を続けることができ、メンタルヘルスケアへのアクセシビリティにおけるギャップをさらに解消できます。
医療機器メーカーとデータ管理プラットフォーム
保険者とのパートナーシップにとどまらず、ヘルステックおよび医療機器開発業界全体でコラボレーションが増えています。たとえば、数年前からDexcomはGlookoと提携し、糖尿病患者向けのデジタルヘルスケアソリューションを共同開発しています。この取り組みでは、データ共有に関する契約を通じて、Dexcomがもつハードウェアと糖尿病に関する深い知識と、Glookoのプラットフォームおよび分析に関する専門知識を組み合わせています。
このコラボレーションにより、Glookoはクラウド統合を通じて、Dexcomの持続血糖モニター(CGM)からデータを受動的に収集できるようになります。患者さんが手動でデータを同期させるのを待つ必要がなくなることで、医療従事者はより情報に基づいた臨床判断を、よりスピーディーに下せるようになります。また、Glookoは医療従事者のネットワークや保険者に対して、有料のポピュレーションヘルス管理サービスも提供しています。この付加価値により、医療従事者ネットワークへのDexcomのデバイスの販売を促進できます。つまり、医療提供者、患者さん、Dexcom、Glookoの各者に明確なメリットがもたらされます。
さらに、非独占的なパートナーシップにより、Dexcomはデータの管理性を高め、自己管理や臨床でのケア向上につなげています。契約の締結以来、両社は6000人以上の臨床医ユーザーと数百万人の患者さんにリーチしています。この提携はGlookoの成長にも極めて重要なものとなり、同社が1億100万ドルの資金を調達し、478.3億ドル規模のデジタル糖尿病管理市場で主要なプレーヤーとなるのに貢献しています。
製薬会社によるデジタルヘルス関連スタートアップ企業の買収
製薬業界でもデジタルヘルスに対する関心が強まっており、製薬会社もこの分野で方向性を確立しなければならないという意識が高まっています。具体的には、新しいテクノロジーを活用して、より機敏に動くことで、新興企業に市場シェアを奪われることを阻止し、ノンアドヒアランスの防止やその他のコスト削減により、保険者に対して提案する価値を向上させようとしています。
さらに、製薬業界では、単独使用・併用の両面から、デジタル治療(DTx)への関心も高まっています。急速に成長しているDTxの主な利点は、バイオ医薬品と比べて開発期間がはるかに短く、費用も抑えられることです。Sanofiは今年、DTx企業のDarioHealthと3000万ドルの契約を締結。DarioHealthのプラットフォーム上でソリューションを開発し、健康保険や雇用者を顧客とする市場に展開することを目指しています。
従来型の製薬会社を代表するアストラゼネカも、買収によって社内の機敏性を高め、新しいテクノロジーへのアクセスを確保しようとしています。同社は最近、デジタルヘルス企業のHuma Therapeuticsに3300万ドルを投資。その契約の一環として、さまざまな治療分野向けのアプリをプラットフォーム上で作成することに重点を置くことを条件に、アストラゼネカは疾患管理プラットフォームをHuma社に売却しました。これにより、患者さんは慢性疾患の早期診断と治療が可能になるというメリットが得られ、アストラゼネカは急速に変化する技術エコシステムへの対応力を高められるというメリットが得られます。
ヘルスケア分野で新しいビジネスモデルを導入する際のポイント
こうした新しい動きに対応するため、企業は戦略策定能力の開発に急ピッチで取り組んでいます。今、ヘルスケア関連企業にとって、定量化可能なデータを用いたソリューションによって、主要なステークホルダーのニーズを解決するチャンスが生まれています。競争の激しい世界で成功を収めるには、革新的な新しいビジネスモデルを取り入れることが不可欠です。
その旅を始める際には、以下のことがポイントとなります。
- ビジネスケースとパートナーシップモデルを事前に定義する:この点を十分な時間をかけて検討しなければ、のちに問題に直面することになります。テクノロジープロジェクトを開始する前に、まず基盤となるビジネスモデルを考えることが大切です。
- パートナーシップを結ぶ企業を検討する:あなたの会社は迅速な前進を求める製薬会社でしょうか? それとも新たなデジタル機能の開発を目指すメドテック企業ですか?自社の目標やニーズを把握し、それを補ってくれるソフトウェア企業、医療システム、保険者を見つけましょう。
- 提供すべきサービスを理解する:提供するサービスは、関連する治療領域において有効性を示すものでなければなりません。自社のソリューションが競合他社よりも優れている場合は、それを単独で提供できるかもしれません。それでも多くの場合、アドヒアランスや健康的な生活習慣を促進する、遠隔患者モニタリング、データ収集、コンパニオンアプリといったサービスの追加を検討する価値があります。
- テクノロジーを確実に導入する:テクノロジーとデータは、今日のビジネス界における重要な差別化要因です。契約やプロダクトに応じたツールを取り入れましょう。
ヘルスケア業界にとって、まさにエキサイティングな時代が訪れようとしています。企業はパートナーシップを結ぶことで、現代社会が直面する巨大な課題への取り組みを進めています。ここで紹介したポイントに細心の注意を払い、新しいモデルを柔軟に取り入れることで、ヘルスケア企業はリーダーシップ、提案する価値、そして真にインパクトのある変化を推進し、新たなビジネスを成長へと導けるはずです。