10Forwardは、さまざまな業界の未来像を提示する、Starのトレンド予測レポートです。この先10年で金融サービスがどのように進化し、社会にどのような影響を与えるかについても詳しく考察されています。この10Forwardの世界を描くにあたって重要なパートとなったのが、各業界のリーダーや変革者へのインタビューです。
このたびStarは、そのオピニオンリーダーたちの洞察を伝えるシリーズ記事を始めます。最初に紹介するのは、FabianVDR Advisoryのオーナーであり、NowCMのプロダクト&パートナーシップ部門責任者を務める、Fabian Vandenreydt氏です。金融サービスのイノベーションと進化が、社会にどのような影響を与えるかをテーマに話を聞きました。
Fabian Vandenreydt 氏
フィンテックおよび金融サービス分野で長いキャリアをもつ専門家で、国際資本市場における戦略、イノベーション、取引、プロダクト管理に30年以上の経験を有しています。現在は、借入資本市場のデジタル化を目指す欧州のB2Bプラットフォーム「NowCM」の最高製品責任者兼パートナーシップ部門責任者。欧州および米国のフィンテック企業数社の諮問委員も務めています。Motive Partnersでの業界パートナー、Abu Dhabi Global Marketでのシニアアドバイザーといった重要な役職を歴任し、SWIFT(証券市場担当マネージングディレクター)、Capco、Euroclearでもキャリアを重ねてきました。著名なオピニオンリーダーである同氏は、コミュニティレベルでの変革やデジタル金融についての洞察を提供し、さまざまな業界団体に貢献しています。
Fabian氏は、金融機関は社会に大きな影響を与える存在だと考えています。この見方は10Forwardのレポートにも反映され、金融分野の影響力が社会にもたらす変化について、ポジティブとネガティブの両面から可能性を探っています。同氏と同じくStarも、社会に前向きな変化をもたらすイノベーションの力を信じており、金融分野における先見性のあるリーダーシップが、公平で豊かな未来の創造に役立つと考えています。
10Forwardの世界
10Forwardのレポートでは、エコリシウム(Ecolysium)、ブルームフィールド(Bloomfield)、ウェイストランディア(Wastelandia)、ネオトロピア(Neotropia)という4つの世界のシナリオを通じて、テクノロジーの未来像を描いています。環境、ビジネス、消費者行動、社会構造など、さまざまな領域でのテクノロジーの進歩の影響を検証し、それぞれの違いを強調したユニークな視点を提供しています。これらの世界は、技術革新レベルと繁栄レベルの相互作用を分析することで構築されています。この2つの軸を用いることで、テクノロジーと繁栄の果実がすべての人々に行き渡るという楽観的なシナリオから、根本的な課題が解決されず格差が深まるという教訓的なシナリオまで、多様な未来を描くことができます。私たちは、このような世界像をもとに、現在と未来を結びつけることを目指して、同氏との対話を進めました。
Neotropia:分断された世界における金融サービスの役割とは
「Neotropia」は、テクノロジーの進歩と社会的な繁栄レベルの低さのコントラストが際立つ世界です。公平性やインクルーシブの概念に沿わない形でテクノロジーが発展した場合、社会的な格差を増大させる可能性があることを示す教訓的なシナリオになっています。金融サービス分野は、利用しやすいデジタルバンキングを推進して、経済的な格差を埋めようとしますが、データの所有権とセキュリティの課題が立ちはだかります。
このシナリオについてFabian氏は、中小規模の企業を支援するために、これまで企業が支配してきた融資をより多くの人が利用できるようにする必要があると述べ、よりカスタマイズされた支援で成長を導く、プライベートエクイティや債券などによる代替的な資金調達モデルを提案しています。
プライベート・エクイティ企業は、資本を提供するだけでなく、企業が難しいビジネス状況を乗り越えられるように導く役割も担います。また債券も、中小企業のデットファイナンス(借入による資金調達)に投資家が魅力的なリターンを見出すことで、新しい機会が開拓される可能性があります。Fabian氏は、資本へのアクセス性を高めるために、よりインクルーシブな資本市場同盟をつくって、中小企業が債券市場に参入する際の障壁を取り除くことを構想しています。こうした革新的な資金調達モデルを導入すれば、Neotropiaの世界でも、中小企業の力を高め、よりダイナミックでインクルーシブな経済を育めるようになります。
また、Neotropiaの世界では、AIを用いたパーソナルファイナンスアシスタントが一般的になっています。このアシスタントが個々人のニーズに合わせたアドバイスを提供することで、ファイナンス管理が日常生活の一部になります。 Fabian氏は、顧客データとピアベンチマーキングの手法を用いたAIにより、カスタマイズされたアイデアや提案が得られ、ユーザー自身もまだ気づいていないようなニーズにも対応できるようになると考えています。このような先見的なアプローチは、クロスセル、アップセル、プラットフォームバンキングなどですでに見られ始めています。情報の共有により、ボット同士でもコミュニケーションを取れるようになれば、パーソナライゼーションはさらに進化していくでしょう。一方で、このような変革には、重大な注意点があります。それは、AIの責任ある使用が何より重要だということです。ユーザーは、使用されているアルゴリズムやデータの詳細まで知りたいとは思わないかもしれませんが、規制当局が定めた基準に従った、安全性が信頼できるAIシステムを使いたいと思っているはずです。AIは、パーソナライゼーションや先進的な財務管理にこれまでにない機会をもたらしますが、金融サービスへのAIの導入においては、データのセキュリティを保護し、厳格な倫理基準と規制監督に従って、消費者の信頼を得ることが重要になります。
Ecolysium:環境に配慮した未来における金融サービスとは
「Ecolysium」のシナリオでは、テクノロジー、環境、繁栄が調和した理想的な世界が描かれています。生態系のバランス、脱資本主義社会、豊かなコミュニティ意識が織りなす活気あふれる世界です。金融サービスは、環境や社会に配慮しながら急速な革新を遂げ、エシカル投資やグリーンテクノロジーへの資金提供が進んでいます。
Fabian氏は、銀行は「目的志向」のアプローチをとるべきだとし、支出の傾向や社会的な属性といった従来の基準ではなく、顧客の人生の目標に基づいたセグメント分けに力を入れていくべきだと提案します。顧客が自身や周りの人たちのために何を達成しようとしているのかに着目するこの方法は、とくに若い世代の人たちにとって魅力的に映るでしょう。また、Ecolysiumにも描かれているように、グリーンファイナンスの広がりから、投資共同体が生まれる可能性もあります。これにより個人と企業が提携して、利益追求だけでなく、変化を促すための基金を生み出せます。Fabian氏の見通しは明確です。「私は楽観的に見ています。誰もが最終的に望んでいるのは、“良いこと”です。つまり、自分自身のため、そして他の人々のために良いことをしたいのです。だからこそ、目的が重要なのです」
銀行が目的に基づいたセグメント分けを効果的に行うためには、顧客データにセンチメント分析や動機についてのインサイトを加える必要があると、Fabian氏は説明します。今日の広告業界ですでに導入されているマイクロセグメンテーション戦略を銀行分野にも適用して、ポジティブな目標に着目することで、顧客ロイヤルティ施策を強化できる可能性があります。また、顧客は多くの場合、複数の銀行や口座に資産を分散させているため、資産全体を総合的に把握することが困難になっています。オープンバンキングの仕組みとAIを使って、顧客の資産状況の全体像を示すダッシュボードを提供することで、この課題を解決できるかもしれません。それにより、顧客は自分自身および社会のために、資産を最適化できるようになるでしょう。
金融分野へのFabian氏のビジョン
より良い未来を実現するためには、先進国と新興国との間での顧客の好みの違いを知る必要があります。その地域に合わせたイノベーションのローカライズが進むことで、小規模な企業がニッチ市場に効果的にサービスを提供できる機会が生まれるとFabian氏はみています。金融サービス業界は、個人の人生の目標や社会の幸福と調和し、単なる資産管理を超えて、世の中を良くするという大きな目的に向かっていくべきです。企業は未来を作るという点において影響力を与える立場にあるとFabian氏は指摘します。「企業もそうした世界を創り出しているのです。与えられた世界をただ受け継いでいるわけではありません。企業は世の中を織りなす要素の一部なのです」
Starは、テクノロジーとイノベーションが手を取り合って、個人と社会の進歩を導き、繁栄と充足感を育む未来を思い描いています。こうした未来を構想するにあたって、金融業界のリーダーは、より良い社会の実現に向けて自らの組織が与える影響を考慮することが不可欠です。10Forwardでは、警告的なシナリオと、ポジティブな変化のシナリオの両方を掘り下げています。ぜひご覧ください。