新型コロナウイルス感染症が流行した2020年は、金融をはじめ、あらゆる業界で、デジタルサービスへの移行が驚異的なスピードで進みました。これからの金融機関やプロセシング事業、後払い決済(Buy Now, Pay Later)事業、Eコマース事業などを手がけるフィンテック企業は、この流れを維持するだけでなく、先導していくことが求められます。
それにはまず、より良い顧客体験(CX)を創出することです。それにより、消費者の要求を満たし、顧客とより良い関係性を築いて、激しい競争の中でも長期的な顧客ロイヤルティを獲得できるでしょう。もちろん投資にはリスクが伴いますが、顧客満足度が上昇するごとに、顧客の解約率が下がり、収益が増加していくため、最終的に大きな利益が得られる可能性が高まります。
CXの向上により、製品の追加購入、クロスセルやアップセル、定額サービス、関心連動型ファイナンスといった、さまざまな収益源も生まれます。
また、デザイン性向上やコスト削減に加え、競合他社との差別化も図れます。つまり、CXに投資しない手はないでしょう。そこで今回は、CX改善の効果を最大限に引き出す、デザイン主導のカスタマージャーニーマップ作成手順と、その活用方法を解説します。
カスタマージャーニーマップのテンプレートを提供
カスタマージャーニーマップを活用して、ユーザーの決済体験を向上させ、競合他社の一歩先を行きましょう。
フィンテック分野にカスタマージャーニーマップが欠かせない理由
どの企業も、セールスファネルのどこかの段階で顧客が脱落する可能性があることを理解しているでしょう。カスタマージャーニーマップ(CJM)は、そのような顧客接点を掘り下げ、製品の品質向上やコンバージョン率アップの機会を見つけるのに役立ちます。カスタマージャーニーマップとは、つまり、顧客体験を理解するためのツールなのです。
どの業界でも同じですが、いくら製品の機能が優れ、最先端の技術を用い、価格が手頃であっても、製品と関わるすべての段階で、顧客の思考や感情、総合的な満足度を理解しない限り、最終的な成功は望めません。
ただ、フィンテック業界には、理想的な顧客体験の実現を難しくする、独自の課題があります。例えば、MiFID IIのような規制により、ユーザーが口座/アカウントを開いたり、新しいサービスに登録したりする際に、追加の手順や質問などが必要になります。
Starは、このような規制を障害ではなく機会と捉えるべきだと考えています。MiFIDを始め、世界各地で制定されつつあるフィンテック関連法は、エンドカスタマーの保護や、教育の提供、透明性の確保を目的としています。そのため、このような規制を、あるべき姿を目指すためのガイドとして活用していくべきです。それにより、コンプライアンスに対応した継ぎ目のないユーザー中心のサービスを提供でき、競合他社の一歩先を行けるでしょう。
顧客が本当に必要としていることを理解する
Starのフィンテックチームは、顧客のニーズに応える継ぎ目のない総合的な顧客体験を創造し、他の製品やサービスを上回る価値を提供することを目指しています。鍵を握るのは、広い視野を持ったデザイン主導のアプローチです。そこではまず、既存顧客の属性や背景を調べ、顧客の手間や、目標達成までの過程における悩みの種(ペインポイント)を見出すことから始めます。
ペインポイントには、使い勝手だけでなく、時間的・金銭的なコストも含まれます。とくにユーザーが予想する以上のコストがかかった場合、利用体験は損なわれます。例えば、ユーザーが後払い決済サービスを利用したいと思ったときに、モバイル端末でのチェックアウト処理でエラーが頻発したり、分割払いの情報が不透明であったりすると、最終的にクレジットカードを利用せざるを得なくなり、高額な金利や手数料を支払う結果になってしまいます。
このような場合に、カスタマージャーニーの最適化を行うことで、顧客の課題や、製品を通じた行動をより深く理解できます。そして、サービス開発に資金を投じる前に、機能のギャップ、機会、集中して取り組むべき領域などについて、関係者間であらかじめビジョンを共有できます。
カスタマージャーニーマップは、チームで作成するものであるという点に最大のメリットがあります。マップの作成を通じてチームでビジョンを統一でき、関係者を説得したり、組織内の賛同を得たりする際にも役立ちます。
カスタマージャーニーマップの作成
カスタマージャーニーマップの各要素は標準化されているため、作成はそれほど難しくありません。まず、関係者への聞き取りやUX調査など、初期段階の主な調査の結果をもとにマップの作成を開始し、これをテンプレートとして活用していきます。
ユーザーの決済フローの合理化に向けた最初のステップは、すでにある知識を活用することです。まずは既存の製品エコシステムを見てみましょう。ファイナンス関連企業の多くは、仮説の作成に利用できる、さまざまなデータを持っているはずです。それらを活用して、カスタマージャーニーの仮説マップの作成に着手します。
次のステップは、顧客について具体的な知識を持っているチーム(顧客サービス担当者やマーケティング部門など)との意見交換です。幅広いチームが関わることで、より現実的な視点で顧客のプロファイルを検証して、仮説マップの精度を高められます。
最後にユーザーインタビューを行い、ジャーニーマップの全体像をつかんで、顧客のペルソナを作成します。
このプロセスで重要なのは、顧客接点の理解です。つまり、ユーザーがどこで離脱するのか、どうすれば再び関わりを取り戻して、利用体験を成功裏に終えられるのかを知ることです。
フィンテックやデジタルファイナンス分野で何より優先すべきなのは、シームレスなユーザー体験です。金融機関として求められるセキュリティ基準や規制を順守しつつ、どうすれば顧客がより速く、よりシンプルに、ストレスなく物事を進められるかを考えることが大切です。
デジタルファイナンス分野でのカスタマージャーニーマップの作り方
カスタマージャーニーマップには普遍性があるため、ここまで説明してきたことは、ほぼすべての分野の製品やサービスに適用できます。これはデザイン思考における「エンパシー」(相手の立場になって考えること)のプロセスであるとも言えます。
ただ、とくにフィンテックのエコシステムや決済処理の最適化を考える場合、規制要件やデータのプライバシー、セキュリティの向上といった業界独自のニーズに対応する必要があります。そのため、私たちは以下のようにアレンジした手順を用いています。
1.マップの目的を明確にする
決済サービスの改善は、事業やユーザーに詳しい関係者を巻き込んで、包括的に検討されるべきテーマです。
そのため、リサーチを開始する前に、マップの目的と組織内での利用方法を明確にすることが大切です。
チーム内でアイデアや意見を出し合う際には、以下のような問いが役立つでしょう。
- このジャーニーマップは、どのような事業目標のためにあるのか?
- どのような課題や仮説を検証したいのか?
- 組織内の誰がこのカスタマージャーニーマップを見るのか? その人たちに向けてマップをどのように表現すればよいか?
このような問いは、チームを正しい方向に導くガイドとなるはずです。
2. ターゲットとなる顧客のペルソナを定義する
フィンテック分野では、いかにユーザーの信頼を得るかが大きなテーマです。信頼に基づいた魅力的な体験を生み出すには、どうすればよいでしょうか? それにはまずユーザーのペルソナを作成し、あらゆる利用体験がそのペルソナに対応したものになっているかを確かめるのが効果的だと、Starのフィンテックチームは考えています。
そのためには、鍵となるユーザーのデータを収集する必要があります。定性的ユーザー調査をアジャイルで拡張可能な方法で実施し、複数のUX手法を用いて、既存のデータも活用しながら情報を集めます。自社やパートナー企業の顧客対応チームやエンドユーザーも巻き込みながら、データ収集を進めていきます。
例えば、ユーザーインタビューを行うことで、人々が利用体験で何を求めているのかを理解できるでしょう。そして、得られた情報から、想定ユーザーのペルソナごとにジャーニーマップを作成し、体験の違いや共通点を把握して、相乗効果の最大化を目指します。
Klarna、Paidy、Afterpayといった主要な後払い決済企業は、ヒロシのような消費者をターゲットにフルデジタルのサービスを提供しています。そこではシンプルさ、使いやすさ、透明性といったユーザーの心をつかむ要素に重点を置き、オンラインでの支払い体験を常に最適化することが重要なポイントになります。
3. 顧客接点をリストアップし、その結びつきを確認する
デジタルサービスを展開する企業には、次のような数多くの顧客接点があります。
- ウェブサイト
- モバイルアプリ
- ライブストリーミングプラットフォーム
- ソーシャルメディア
- 有料広告
- 確認・通知メール/マーケティングメール
- ニュース、メディア、レビューなど第三者のサイト
- テレビ、新聞などの伝統的メディア
このような複数の顧客接点でのユーザー行動を追跡することで、重要な情報が得られます。例えば、カスタマージャーニーマップ上で顧客接点が多すぎると、問題があるかもしれません。利用体験が複雑だと、ユーザーが製品やサービスを購入しづらくなり、顧客満足度が低下する可能性があるからです。
逆に接点の数が少なすぎると、ユーザーが途中で迷子になったり、競合他社になびいたりする可能性が出てきます。最悪の場合、製品に満足していた既存顧客を失ったり、新規顧客を獲得するチャンスを逃してしまったりするかもしれません。
デジタルファイナンス企業は、利用体験全体を通じて、ユーザーの行動や手順に注意を払う必要があります。ユーザーにとっては、できるだけ少ない手順で利用できるのが望ましい状態です。手順を確認するには、顧客と自社サービスとのすべての接点を、カスタマージャーニーマップ上で時系列に並べてみるとよいでしょう。
これにより、複数の接点の結びつきをより正確に把握でき、顧客が抱える潜在的な問題や課題を理解して、プランを改善できます。
4. 障壁を発見し、それを取り去る
ユーザーのペインポイントは売上の低下に直結します。だからこそカスタマージャーニーマップを活用して、ユーザーが何を考え、感じているかを理解する必要があります。マップ化により、何がユーザーの行動を妨げているのかがわかりやすくなります。
後払い決済の例で言うと、消費者の中にはまだ後払い決済に馴染めず、クレジットカードや現金を使い続けている人もいるでしょう。カスタマージャーニーマップを使えば、例えば、それは後払い決済サービスのメリットに関する教育や透明性が不足しているからではないか、といった顧客をより深く理解するための洞察が得られます。
これを受けて、後払い決済企業は、ユーザーに対してはサービスの内容をわかりやすく伝え、加盟企業に対しては、どのように売上が拡大するのかを明確に説明するといった施策をとれるでしょう。
5. 結果を検証し、それに応じた変更を加える
カスタマージャーニーマップを作成したら、実際に自分でユーザーと同じ旅を体験してみましょう。
顧客の反応をただ推測するのではなく、自身の体験としてユーザーエクスペリエンスのデータが得られるのも、カスタマージャーニーマップの大きな利点です。それをもとに利用者のペインポイントに対処し、顧客の期待と実際のサービスとのギャップを埋めていけます。
また、カスタマージャーニーマップを常に更新していくことも忘れてはなりません。頻繁な見直しは、製品をさらに強化する機会の発見や、環境の変化の把握、潜在的な障壁への対処に役立ちます。
世界的な後払い決済企業へのカスタマージャーニーマップの導入事例
Starは、アジア・太平洋地域で後払い決済事業を展開する先駆的企業を支援しています。その企業のサービスにより、消費者はクレジットカードや事前登録なしに、名前とメールアドレスだけでオンラインストアでの決済ができ、各商品の代金を月ごとにまとめて支払えます。
このサービスを実現するために、同社は独自のテクノロジーを用いて信用度をスコアづけし、取引処理を代行して、加盟企業への支払いを保証しています。
同社が事業展開する地域では、クレジットカードを使ったオンラインショッピングに抵抗のある消費者が多いため、このサービスは人気を集めています。また同社の技術は、加盟企業のコンバージョン率、平均注文額、リピート購入の増加にも貢献しています。
順調に見えるこの企業には、急激な成長への対応と、新規参入企業の台頭への対処という課題がありました。これに取り組むため、同社はStarに支援を求め、メールコミュニケーションとマーケティングアップセルのデザイン改善を目指しました。
既存のサービスを理解する
Starが支援に着手した時点で、同社はすでに独立した会計フローと、モバイルアプリを中心としたサービスのエコシステムを確立していました。
会計フローでは、新規顧客を含むエンドユーザーは、支払い方法として同社の後払い決済サービスを選択し、電話番号とメールアドレスを入力するだけで、即座にeKYC(オンラインでの本人確認)を受けられます。これにより、ユーザーはすぐに商品を購入でき、追加料金なしで支払いを行えます。このような迅速なeKYCは、クレジットカード決済に抵抗のあるユーザー層に大きな魅力となっています。
もうひとつのポイントは、モバイルアプリです。Starと提携する前から、同社のモバイルアプリでは、買い物予算の明示により透明性を高め、口座引き落としや支払いスケジュール機能によって簡単に代金を支払えるようになっていました。これだけもユーザーにとって大きなメリットですが、私たちはこの仕組みをもっと活用できるのではないかと考えました。
顧客体験の最適化に向けて、競合他社および未来の状態をジャーニーマップに描く
同社は強力なサービスを提供していたものの、新規参入企業への対処という課題にも直面していました。そこでStarに、既存の製品エコシステムのサービスギャップ分析と、後払い決済分野の競合3社(Afterpay、Klarna、Affirm)の分析調査を依頼しました。
Starは次の4つのステップで、決済のUXデザインを検討しました。
1. 競合他社の分析
競合他社についてクライアントが見逃している価値や機能のギャップを分析し、詳細な調査資料を作成しました。具体的には、競合他社はどこで躓いているのか、クライアントはEコマース市場でどのような機会を活用できるのかを明らかにしました。
2. 競合3社のジャーニーマップの作成
次に、商品の検索・閲覧、購入の意思決定、会計処理、商品の受け取り、返品、支払いなど、ユーザーの利用体験全体を詳細に分析し、競合各社のユーザージャーニーマップを作成しました。このマップは、自社と競合他社の製品エコシステムを比較する際に役立つベンチマークとなりました。
3. 未来状態のジャーニーマップの作成
このプロジェクトはスケジュールがタイトであったため、まず、できるだけ既存の知識を活用してマップ作成を行い、その後に検証を行うアプローチを採りました。最初に素早くマップ化することで、さまざまな関係者を含むプロジェクトチームの足並みを揃えられます。これをStarでは「仮説先行型アプローチ」と呼んでいます。
そして、同社の未来状態のジャーニーマップを作成し、競合他社のマップと比較しました。未来状態のジャーニーマップとは、改善後の利用体験や想定される最善のケースを可視化したもので、目指すべき製品のビジョンとなるものです。これを作成するために、まず関係者への聞き取りを行い、部門を横断したチームでワークショップを実施。ここから簡易的な「プロトペルソナ」を定め、仮説的なカスタマージャーニーマップや会計・決済のデザインを作成しました。
このような未来状態を示すジャーニーマップと競合他社の分析から、同社が新規顧客を獲得し、市場での優位性を維持できるような、拡張性のある強化された新しい製品体験の計画立案を目指しました。
4. プロジェクトの成果と今後の展望
この分野の急速な成長と、競合他社の分析から、後払い決済サービスだけではなく、ショッピング体験のユーザージャーニー全体を視野に入れた施策が重要だと私たちは考えました。
そこで、同社のモバイルアプリを使って、ユーザーに季節ごとの商品トレンドやブランド別の割引情報を提供し、購買意欲を刺激するという製品ビジョンを描きました。これまでは予算管理と支払い機能しかなかったアプリ内で、商品の検索も可能にするものです。
次のステップは、その製品ビジョンをもとに、MVP(実用最小限の製品)開発を含めた製品開発計画を具体化することでした。そこで、個別化された購買意欲促進機能と商品検索機能の初期バージョンを3か月以内にリリースし、スマート検索やウィッシュリストなどを含む、より充実したサービスを6か月以内に提供するプランを立てました。
MVP開発により、拡張性のある柔軟な製品開発を実現できます。また、提供する新機能は、同社の中核となるサービスやスムーズな利用体験を犠牲にすることなく、既存の機能を補完して、新たな価値を付加します。
さらに、同社は成長を続けるために、私たちの顧客第一主義の考え方をベースに、アジアの他の国へのサービス拡大も目指しています。そこでは市場の特徴を見極め、それに合わせたデザインを行うことが不可欠になるでしょう。
マップのテンプレートを活用して、顧客についての深い洞察を得る
Starでは、カスタマージャーニーマップを活用するための実用的な情報を提供しています。ロードマップのテンプレートも用意していますので、ぜひダウンロードしてご利用ください。得られた洞察を施策に結びつけ、紹介した手法を自社のプロジェクトで活用いただけると幸いです。
Starのフィンテックチームは、カスタマージャーニーマップ以外にも数多くのユーザー中心のツールを駆使して、デザイン主導のアプローチでクライアントの成長を加速させています。Starとのパートナーシップがもたらす価値について、当社のフィンテック関連サービスのページもぜひご覧ください。