デザインには、エンドユーザーとの信頼関係の強化をはじめ、フィンテック分野のサービスを変革する力があります。現代のキープレイヤーたちは、デザインの原理をどう活用して、製品・サービスに対する消費者の満足度や納得感を高めているのでしょうか?
Starのポッドキャスト『Shine』では、Starフィンテック部門UXデザインリーダーのShalika Hanum、Paidyインタラクションデザイン・UX戦略シニアマネージャーの田中正秋氏、OnfidoプロダクトデザインディレクターのVincent Guillevic氏のゲスト3名とホストのTom Huntが、なぜ信頼が不可欠なのかについて議論を展開。数多くの新鮮な洞察が得られました。
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デザインを通じた信頼構築の基礎
パネリストたちがまず指摘したのは、ユーザーとの信頼関係を構築するには、地域や市場ごとに特有の課題を解決する必要があるということでした。その際に重要になるのは、ユーザーエクスペリエンス/インターフェイスを通じた透明性の高いコミュニケーションです。フィンテック分野に精通した3人の経験から、課題の克服に重要な3つのポイントが浮かび上がりました。
1. 「面倒くさい」はいらない
日本語には「面倒くさい」という言葉があります。東京を拠点に後払い(Buy Now Pay Later)サービスを展開するPaidyは、「面倒くさいことはいらない」、つまりストレスのない体験の提供をミッションとしています。それを実現するため、Paidyでは後払い購入時の認証に、メールアドレスと電話番号のみの「ノーマルレベル」と、運転免許証や身分証明書などを必要とする「プレミアムレベル」の2段階の顧客認証を用意しています。ただ、田中氏は「日本の市場では、個人情報の保護がとくに重視されるため、ユーザーがこのような個人識別情報を企業へ提供するのをためらうケースがよくあります」と話します。
Paidyのソリューションは、ユーザーの個人情報がどのように使用・保管されるかを明確に伝えるタッチポイントを提供することです。そこにはオンラインでの顧客本人確認(eKYC)の仕組みが組み込まれており、個人情報は買い物時にしか使用されません。また、Paidyが個人情報を必要としない場合、その情報は削除されます。デザイナーとしてストレスのないUXを実現するには、「そういった信頼に関する情報を適切なタイミングで伝えることが極めて重要」だと田中氏は強調します。
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ポッドキャストは英語で提供しています
2. 金融を親しみやすく、透明性の高いものにする
ドイツのEvergreenは、ロボアドバイザーとファイナンシャルプランニングを手がけるフィンテック企業です。同社が行ったユーザーインタビューから、ドイツ人の多くが、従来型の投資やファイナンシャルプランニングの仕組みを十分に理解していないことが明らかになりました。Shalikaによると「これまではファイナンシャルアドバイザーに会ったり、銀行を訪れたりして、いくつかの質問に答えて自分の財務状況を評価してもらい、最終的に購入すべき商品を提案してもらう」といった流れが一般的でした。しかし、ユーザーインタビューでは、「銀行やアドバイザーが、なぜそのような質問をするのかわからない」という声が聞かれました。そこから、Evergreenのデザインチームは、プロセスの透明性が十分でないことに気づいたのです。
Evergreenのソリューションは、エンドユーザーの生活や目標に密着した、明確かつパーソナライズされたUX/UIデザインを構築することでした。そこでは言葉の選び方も重要になります。「『投資』と言うのではなく、『ファイナンシャルプランニング』という言葉で製品やサービスを説明するようになりました。投資と聞くと、多くのユーザーは株で損をすることをイメージしてしまうからです」。また、Shalikaは、銀行や人間のアドバイザーは自らの利益になる商品を売ろうとするのに対し、ロボアドバイザーには、より幅広い投資商品を提案できるメリットがあると指摘します。「そのこともEvergreenのサービスへの信頼感につながると考えました」
3. セキュリティやプライバシー保護を忘れない
AIを活用したドキュメントID検証や顔認証を手がけるOnfidoでは、提供する本人検証サービス自体の信頼性と、クライアントによるサービス利用時の信頼性の両方を検討する必要があります。セキュリティを最優先するのはもちろんですが、不正行為を防ぎつつ、暗号化などの重要機能をシームレスに使用できるようデザインすることは簡単ではありません。また、生体認証情報など機密性の高いデータについては、「標的にならないようにすることが非常に重要」だとVincent氏は話します。ハッキング、ランサムウェア、マルウェアといったサイバー攻撃を受けると、企業の資産はもちろん、顧客や消費者からの信頼も一瞬にして破壊される恐れがあります。そのような課題に対処するために、デザインをどう活用すればよいのでしょうか?
Onfidoのソリューション:「最初は受動的認証、後から能動的認証」が、Vincent氏が目指すセキュリティ対策の基本方針です。たとえば顔認証や音声認証などが受動的な生体認証で、指紋認証や署名認証などが能動的な生体認証です。つまり、ユーザーに製品にコミットしてもらいたいオンボーディング時には受動的認証が適しており、能動的認証は後から利用できるようにするという方針です。なお、OnfidoのAPIデザインは、機械学習によるリスク評価に基づき、ユーザーごとにパーソナライズできるようになっています。
プライバシー保護については、Onfidoではデータを排出することで、標的になるのを避けています。データを収集・分析し、機械学習でモデルを構築するのと並行して、データの削除もプロセスの一環として行っています。「2週間に1度、すべてのデータを排出しています。多くのデータを保持しないことで、標的になりづらくなります」とVincent氏は説明します。万能な方法ではないかもしれませんが、口座を扱う銀行やフィンテック企業では、このようなユーザーデータの分散化は有効だと考えられます。
ユーザーから信頼されすぎると…どうなる?
デザインによって、ユーザーの信頼を得すぎて困るようなことがあるのでしょうか? 一見、愚問に思われるようなこの問いには、実は重要なポイントが含まれていました。パネリストたちはそれぞれ示唆に富む見解を述べています。
- いくら透明性が大事だといっても、何でも前面に押し出せばいいわけではありません。Shalikaは、信頼度が高すぎるというより、情報が多すぎてユーザーが精神的に参ってしまうのが問題だと考えています。つまり、デザイナーは「本当に重要な情報を、消化しやすく、ユーザーがいつでもアクセスできる形で提供する必要があります」。それはわかりやすいヘルプページやチャット機能といった形で体現されるでしょう。
- 情報アーキテクチャの問題もあります。Vincent氏はユーザーの視点に立ち、「サービスのコンセプトや、自分のデータがどう使われるのかを理解したいと思ったときに、ユーザーが好きなだけ深く掘り下げられるものにしたい」と話します。つまり、ユーザーが何か疑問を持ったときに、自分で答えを見つけられるようにすべきであり、それを実現するには、適切に整理された情報アーキテクチャが必要であるとの考えです。
- 信頼性が高すぎると、逆に信頼を失うこともあります。田中氏は、信頼性が高いことを伝えすぎると、ユーザーは製品や機能に疑問を持ち始める場合があると言います。つまり「こんなに簡単なのは何かおかしいのではないか、話がうますぎるのではないか、といった不安が生まれてしまう」というのです。デザインの門番役を務める田中氏は、ユーザーに不安感を与えないためには、適切なタイミングで適切な量の情報を提供するバランスが重要だと考えています。
フィンテック分野における、デザインを通じた信頼構築に関する最新情報
今回ご紹介したのは、パネリストたちが語った内容のほんの一部です。ポッドキャスト本編では、アジアから米国まで市場ごとに異なる信頼構築のアプローチや、デザイナーがユーザーのストレスを意識すべき理由などについても掘り下げています。また、Starでは、信頼性を重視したフィンテックサービスの構築に役立つ実用ガイドもご用意しています。このガイドでは、以下のようなポイントを解説しています。
- 安心感
- 責任
- パーソナライズ
- シームレス化
信頼を考える上で柱となるこの4つのポイントは、フィンテックやデジタルファイナンスでの成功を目指す企業にとって不可欠なものです。対談の中でPaidyの田中氏が述べているように、デザイナーにはユーザーとの信頼関係を築く倫理的な責任があるのです。