人間が「ロボット」とともに暮らす時代が到来しています。2023年までに、地球上の人口と同じ数の音声アシスタントが世界で使用されるようになると予測されています。AIを活用したデジタルアシスタント(音声コマンドを理解して、ユーザーのためにタスクを実行するアプリケーション)は、スマートフォンやタブレット、パソコン、スピーカーだけでなく、自動車にも搭載されようとしています。
AIを使った車内音声アシスタントは、ユーザーと車両システムとの橋渡し役として機能し、ドライバーはハンドルから手を離すことなく、情報にアクセスしたりタスクを実行したりできるようになります。この記事では、車内デジタルアシスタントの成長を後押ししている要因と、ユーザーの信頼やエンゲージメント、ブランドロイヤルティを高めるコラボレーション型ロボット(コボット)をデザインする際のベストプラクティスを紹介します。
時代の流れに対応:車内デジタルアシスタントが成長する理由と事例
スマートフォンの普及により、ドライバーや同乗者は、インターネットに接続された車内機能を求めるようになっています。これは今や、あって当然の基本的な機能であり、自動車メーカーもその期待を無視できません。とくにAIを活用した音声認識は、重要性を増しています。世の中ではAmazon Alexa、Googleアシスタント、AppleのSiriによって、新しい方法でコミュニケーションや買い物、周囲環境の調整などができるようになっています。自動車メーカーが車内音声アシスタントを導入する大きな理由は、このようなユーザーの動向に対応するためです。Voicebot.aiの調査によると、実際にスマートフォンの音声機能を最もよく使うのは、車を運転しているときです(62%)。また、昨年の時点で、米国の消費者の半数以上が車内で音声アシスタントを使ったことがあり、3分の1の人が毎月繰り返し使用しているアクティブユーザーでした。ユーザーの33.2%が車に予め搭載された音声機能を使用しており、それ以外の人はBluetooth接続でモバイル機器の音声アシスタントを利用するか、車のダッシュボードからApple CarPlay、Android Auto、Amazon Alexaを利用しています。
車内音声アシスタントの使用例は、大きく2つに分けられます。電話をかける、道順を知る、テキストを送信する、音楽を再生するといった基本的な機能と、状況に応じて変化する、よりパーソナライズされた機能の2つです。現状では基本的な機能が使われるケースが一般的ですが、自動運転機能が登場するにつれて、自動車メーカーはより複雑なケースに対応できるよう取り組みを進めています。たとえば、車内デジタルアシスタントが、時間帯や場所、ユーザーの好みや予算に基づいて、おすすめのレストランを提案してテーブルを予約したり、時間帯や交通状況、過去の購入履歴に基づいて、ドライバーに食料品店に寄るよう提案し、それに応じた移動経路を変更する、といったソリューションが考えられます。
自動車メーカーにとっての車内デジタルアシスタントの利点:会話を生み出し、コンシェルジュサービスを提供して、ブランドロイヤルティを高める
消費者の関心の高さを考えると、自動車メーカーには車内アシスタントによって、他社と差別化できるチャンスがあります。適切な機能を実装することで、利用体験を向上でき、ユーザーとの関係を深められるからです。乗車者と自然に会話できる車内デジタルアシスタントは、自動車メーカーのサービスプラットフォームとして、ユーザーニーズに応じたソリューションを一元管理できるハブとして、そして会社に新たな収益源を生み出す手段として機能します。「コボット」を導入するなら、ブランドイメージを体現する役割も果たすでしょう。
自動車メーカーにとっての車内デジタルアシスタントのもうひとつの利点は、データを収集してユーザーを知り、ユーザーとともに成長する機会を生み出せることです。個人情報は保護する必要がありますが、匿名データを収集して、人々が車の機能をどのように使用しているかを分析し、それに応じてプロダクトを調整して、ユーザー体験を高められます。自動車はもはやハイテク製品に近づいているため、自動車メーカーはテック企業と同じようにユーザーデータを活用していくべきです。もちろん、データプライバシーの規制には準拠する必要があります。地域ごとの規制への対応には、どのグローバル企業も苦労しており、自動車メーカーも例外ではありません。
自ら構築するか、他から購入するか
もうひとつの課題は、車内アシスタントを自ら開発するのか、それともApple CarPlayのSiriやAndroid AutoのGoogleアシスタントといった、既存のサービスを利用するのかを判断することです。インフォテインメントシステム「MBUX」向けのデジタル音声アシスタント「Hey Mercedes」を独自に開発したメルセデスのように、自社で車内音声アシスタントを開発すれば、独自のユーザー体験を構築してユーザーデータを管理できます。一から開発することで、他の車内テクノロジーと連携しやすくなり、カスタマーサービスやユーザー体験をより詳細に調整できます。一方、サードパーティのツールやサービスを利用すると、迅速な展開が可能になり、新しいスキルやユースケースのデザインも容易です。すでにアウディ、BMW、シボレーなど、多くの自動車メーカーがAmazon Alexaに対応した車を発表し、自宅やスマートフォンで使用するアシスタントサービスと、車内で使用するアシスタントサービスをシームレスに連動させています。
マスコット的なコボットにするか、姿を見せない存在にするか
自動車メーカーが車内デジタルアシスタントを設計する際には、コボット(協調型ロボット)型にするか、姿は見せない「舞台裏」型にするかを決める必要があります。コボット型には、感情的なつながりを簡単に構築でき、動きのある表現によって感情を伝え、ユーザーとのコミュニケーションの質を高められる利点があります。自動車ブランドへのロイヤルティ(忠誠心)が低下していると言われる中、ユーザーとのつながりの確保は極めて重要です。スマートなコボットを設計することで、ユーザーの信頼を獲得でき、信頼が高まるほど、その音声アシスタントを利用してもらえる可能性も高まります。
コボットは親しみやすいものにすべきです。ただ、ブランドによって美的感覚は異なるでしょう。コボットは、ある意味で自動車メーカーの新しいマスコット的な存在となるため、かわいらしさと機能性のバランスを考える必要があります。NIOの車内コンパニオン「Nomi」は、見るからにキュートで遊び心が感じられます。この外観がユーザーを安心させ、信頼や愛情を育みます。また、かわいらしいロボットだと、ユーザーは失敗も大目に見てくれる傾向があります。トラブル対応や機能改善などを行う際には、かわいらしさが至らない点を補ってくれるとも言えます。ただし、かわいいマスコットが適しているかどうかはブランドによって異なります。ユーザーの文化的背景によって受け取られ方が違ってくるため、事前に市場でのテストが欠かせません。
車内デジタルアシスタントを設計する際に考慮すべきこと
もちろん、かわいらしさだけでなく、実際のパフォーマンスが重要です。効果的かつ自然なコミュニケーションができなければ、せっかくの好感度が台無しになってしまいます。そうならないよう、自動車メーカーやそのパートナー企業は、車内アシスタントサービスを設計する際に、次のようなベストプラクティスを検討するべきです。
- 人間中心のデザイン:デザイナーは次のような問いを何度も繰り返しましょう。この音声アシスタントで実現されるサービスは、ドライバーと同乗者にどんなメリットをもたらすか? 車内システムを改善し、運転体験を向上させるにはどうすればよいか? ドライバーに認知的な負荷をかけてもいいのはどのタイミングか? ドライバーの注意力を削ぐだけのものになっていないか?
- 個性を出す:車内デジタルアシスタントの設計では、どのような声質や個性を採用するかの判断が重要です。その機能の特性を考慮しながら、ブランドイメージを適切に反映したものにする必要があります。たとえば、Hey Mercedesは、単に役に立つだけでなく、スマートで遊び心があり、ちょっと皮肉っぽいところもあるキャラクターになっています。
- 自然な対話をする:AI機能とユーザーとの会話を、できるだけ自然なものにする必要があります。これは簡単ではありませんが、ユーザーとの関係性を深めるためには不可欠です。コボットは質問に適切に応答すると同時に、答えられない場合の対応も重要です。「ごめんなさい、わかりません」だけだと、ユーザーは不満を覚えるかもしれません。「申し訳ありませんが、それを手伝うことはできません。お詫びにジョークの1つでもいかがでしょうか?」などと返せば、ユーザーの気持ちがほぐれるかもしれません。
- 柔軟なマルチモーダルインターフェイスを導入する:ユーザーがタッチ操作と音声操作を自在に切り替えられるような、マルチモーダルなインターフェイスを設計します。また、クラウドを通じて更新を行い、常にシステムを最新状態に保てるようにします。
- あらゆる機能と連携する:音声アシスタントの活用の幅が広がるほど、利便性が増します。ユーザーがトランクを開けたいときや、ポッドキャストを聴きたいときなど、あらゆる状況で車内アシスタントを使用して、できるだけ多くの機能を操作できるようにするべきです。
- 信頼が第一:自動車メーカーはデータを安全に保ち、プライバシーの規則を遵守しなければなりません。また、データ使用についての透明性を確保し、サービスの利用をユーザーが自ら選択できるようにするとともに、データを提供してもらうことでサービスがいかに向上するかを説明する必要があります。音声アシスタントを導入する目的は、情報を盗むためではなく、人々の生活を向上させるためであると明確に伝えましょう。
- テストを繰り返す:デザイナーや開発者は、コンピューター上だけでなく、実際の状況で車内音声アシスタントをテストするべきです。これにより、他の車内システムとの連携を確認でき、本当の使いやすさを評価できます。
- 状況に合わせた対応:車外での生活も含めて、ユーザーが抱えているタスクの全体像を把握し、場所や時間帯、ルート、ドライバーの気分、カレンダーの予定などに応じたサービスを、アシスタントを通じて提供できるようにします。
誰もが使える次世代の自動車機能に向けて
電気自動車や自動運転機能が登場するにつれて、ユーザーは馬力などのスペックではなく、どんな運転体験ができるのかを重視するようになっています。タイミングや気分に応じて自分のニーズを満たしてくれたり、予測してくれたりするシステムを求めているのです。車に乗ることは、冒険をしたり、隠れ家でくつろいだりするような体験へと変わろうとしています。それを実現するのがAIです。適切に実装されれば、音声アシスタントはユーザーに大きな価値を提供します。もはやSiriやAlexaのない生活を想像するのが難しいように、音声アシスタントなしで運転するなど想像できないような世の中になっていくと考えられます。
車内音声アシスタントの魅力のひとつは、高級車でなくても導入できることです。比較的安価で、大きな驚きをもたらすデジタルソリューションを構築できる可能性があります。自動車メーカーはあらゆる車種で、一定レベルの音声アシスタントを提供していけるでしょう。
画像出典: Mercedes-Benz, Daimler, Chris