「ストーリーテリング」という言葉を聞いて、何を思い浮かべるでしょうか? 販売促進のプレゼンやブランディング、動画制作を想像する方もいるでしょう。ただ、ストーリーテリングの活用範囲は、それだけに留まりません。物語には、デザイナーの仕事を変え、社会を動かす力があるのです。
ストーリーテリングの歴史
人類にとって長い間、夜の娯楽といえば夜空を見上げることでした。我々の祖先は点と点をつないで星座を定め、そこから考え出したストーリーを語りました。その頃以来ずっと、人間は物語に親しんできました。そして今、物語が社会でますます重要な役割を果たすようになっています。ここでは、拡大しているストーリーテリングの影響力を示す、5つの形を紹介します。
私たちを取り巻くストーリーテリングの5つの形
その1:ユーザーストーリー
製品や機能、サービスなどのアイデアを伝えたいとき、デザイナーは文章や視覚表現を使ってストーリーを作り、そのビジョンがどのようなものであるかを説明します。
その2:UXライティング
UIの作成は、ボタンをデザインすることだけではありません。インターフェイスを通じてユーザーをガイドする、ナラティブ(語り)の構築も含まれています。
その3:音声UI
SiriやAlexaといった個人向け音声アシスタントの普及が進んでいますが、これはテクノロジーだけでは実現できません。Siriがその状況で何を言うか、どう反応するかを決めるスクリプトを、誰かが書かなければなりません。
その4:人工のパーソナリティ
ソーシャルメディア上で何百万人ものフォロワーを持つ「偽のインフルエンサー」が現れることがあります。オーディエンスは、そのアカウントのパーソナリティは本物でないことに気づきつつも、ストーリーに説得力があるため、関心を向けてしまうのです。
その5:エンターテインメント業界
私たちは人生の約6分の1をテレビを見て過ごしていると言われています。米国のエンターテインメント業界は、ベルギー1国よりも多く、スイス1国よりもやや少ないくらいのお金を生み出しています。このことからも、ストーリーテリングに多大な影響力があることがわかるでしょう。
私たちデザイナーの仕事や、物語が世界経済に大きな影響力があるという事実から、「物語は社会を定義する」というシンプルな真理を導けます。だからこそ、デザイナーはストーリーを重視すべきなのです。
デザイン思考からストーリーテリングへ
この数年間で「デザイン」は大きく変化し、美しさを生み出すグラフィックデザインのような作業から、デザイン思考やコンサルティングへと焦点が移ってきました。そして今、ストーリーテリングを中心とした次の変化が訪れようとしています。Starが最近手掛けた「Nomi」のプロジェクトにも、この変化が反映されています。Nomiは電気自動車のダッシュボードに備わるロボットです。4年前、NIOと連携してこのプロジェクトを始めた際、まず「スマートカー」「HMI」「音声アシスタント」「便利」「プレミアム」「親しみやすい」といったキーワードを集め、それを「機能」と「感情」のカテゴリーに分類しました。そこからストーリーのアプローチを使って、機能と感情が重なり合うポイントを探しました。その重複点を具現化したのがNomiなのです。
Nomiは2020年のレッドドット・デザイン賞を受賞し、「世界で最も愛らしい車載バーチャルアシスタントのひとつ」として高く評価されました。Nomiが成功した理由のひとつは、感情と機能がシームレスに融合していることです。Nomiは複雑なサービスをシンプルに感じさせるのです。
世界はますます複雑になっており、私たちが使う製品も複雑化しています。そのような状況の中、ストーリーは複雑なものに関連性を与えてくれます。ユーザーが複雑な製品をシンプルで没入感のあるものに感じられたら、デザイナーの仕事として成功だといえるでしょう。デザイン思考からナラティブデザインへの移行が見られる今、ストーリーテリングとデザインの結びつきが強まっています。つまり、デザイナーがストーリーテラーになるべき段階に来ているのです。
StarはどのようにしてNomiを実現させたのでしょうか。詳細をご覧ください。
ストーリーテリングを始めるために
先述したように、私たちデザイナーは、ストーリーによって、デザインする製品や関連するユースケースを理解しています。その経験を活かすことで、デザイナーは本当の意味でのストーリーテラーになれるのです。また、ストーリーテリングに関連する分野として文章のライティングがありますが、実際、デザインとライティングの間には多くの共通点があります。重要な点として次のようなポイントが挙げられます。
- ライティングでもデザインでも、直感的・系統的なアプローチを融合させる必要があります。
- どちらにもオーディエンスがいます。デザイナーにとってはユーザーが、ライターにとっては読者がオーディエンスです。
- どちらの領域でもエンパシー(相手の立場で考えること)が必要です。エンパシーを持つことで、オーディエンスの現状を理解でき、より関連性の高いものをデザインできます。
- ライターにもデザイナーにもフロー(流れ)を生み出す役割があります。ユーザージャーニーが大事だと言われますが、それを実現するにはユーザー行動の流れをデザインすることが重要です。同じことが、複雑なことを説明したり、世の中の方向性を定めたりするようなストーリーのライティングにも当てはまります。
ストーリーテリングはすでにあるリソースで始められます。デザインスキルや作業ツール、その他のプロセスを活用して、デザインのナラティブを構築しましょう。
最後に注意点として、ナラティブを構築し、ストーリーを語ることは、自身の価値観に基づいて事実を提示することでもあります。人は皆、それぞれ異なる方法で点と点を結び付けて思考するため、ひとつの事実でもストーリーによってさまざまな解釈が可能になります。ナラティブ(語り)には、他の人に影響を与える力があります。その力を賢明かつ責任を持って使うようにしましょう。