医療費の高騰が続いています。1人あたりの年間平均医療費は、1970年が355ドル(2020年の価値で2382ドル相当=約25万円)だったのに対し、現在では11,172ドル(約117万円)と、この50年間で31倍増加しています。
この数十年で医学が進歩し、米国では医療費抑制を目的とした医療費負担適正化法(ACA)などの規制が行われているにもかかわらず、米国の総医療費は現在3兆6000億ドル(約380兆円)を超えています。これはGDPの17.7%に相当する額です。
データサイエンスは、医療を革新するだけでなく、エビデンスに基づいたアウトカム(医療の成果)や透明性、説明責任の向上に貢献し、保険者と患者さんの費用を削減します。つまり、病気の状態にある医療制度を救うのが、データサイエンスなのです。
Clarify Healthはデータサイエンスを活用して医療提供者のワークフローを向上させました。Starがどのように支援したかをご紹介します。
「価値に基づいた医療」が求められている
医療界では数年前から静かに改革が進んでいます。保険者による医療費の算出方法が、医療サービスの量に基づいた従来の出来高払い制(fee-for-service、FFS)から、提供された医療の質に応じた方法へと移行しているのです。医療の効果と効率の向上を目指した改革です。
これまで米国をはじめとする世界中で、出来高払い制が長く採用されてきました。出来高払い制は医療の質ではなく、量によって支払額が決まるため、より多くのサービスや治療を提供した方が得になる状況が生まれます。つまり、統合的な医療を行うためのインセンティブが少なく、医療費の高騰にもつながります。
医療提供者が、提供したサービスに対して報酬を求めるのは当然であるため、単純に出来高払い制が悪いとは言えません。ただ、年を経るごとに、この制度は制御不能となり、現在の医療費の高騰と、ポピュレーションヘルス(国民全体の健康)の悪化の主な原因のひとつとなっています。
そこで、医療費の支払いを、治療の質や健康上の成果に直接結びつける「価値に基づく医療(バリューベース ヘルスケア)」という考え方が生まれました。エビデンスに基づく医療、成果報酬制などとも呼ばれます。この「価値に基づく医療」を実践することで、患者さんへのより良いケアの提供、ポピュレーションヘルス管理戦略の向上、コスト削減という3つの目標を推進できます。
データサイエンスの実践
2020年は新型コロナウイルス感染症のパンデミックの年として、後世に記憶されるでしょう。ただ、コロナウイルス以外にも、私たちはさまざまな健康問題を抱えています。オピオイドの乱用や肥満率の上昇、慢性疾患といったポピュレーションヘルスの問題が、医療費やアウトカムに大きな影響を及ぼしています。
このような危機を克服する上で鍵となるのがデータです。データサイエンスにより、医療提供者は、問題の解決に向けて多様な情報源からのデータを集約して、エビデンスに基づいた、効率、効果、透明性の高いソリューションを創出し、それに沿った医療を実践できます。
米国最大の保険者のひとつである保健福祉省では、この5年間に、メディケア(高齢者・障害者向けの医療保険制度)の医療費支払いを、従来の出来高払い制から、価値に基づいた支払いに移行してきました。現在、支払額の36%はエビデンスベースのモデルに基づいたものであり、その割合は年々増加しています。
この新しい制度のさまざまな段階で、データサイエンスが活用されています。コストや支払い額を追跡するデータ分析、医療情報技術のアップグレード、エビデンスや進捗に対するベンチマークの確立など、データサイエンスは「価値に基づく医療」の革命を支える原動力となっているのです。
データサイエンスを活用するために
「価値に基づく医療」への移行が進むにつれて、エビデンスに基づいて成果を検証する必要性が高まり、データサイエンスはますます欠かせない存在になるでしょう。成果に応じて医療費が支払われるようになるため、医療提供者は治療の有効性をデータで証明する仕組みを構築していく必要があるのです。
そこでは、有効性をいかに測定するかがポイントになります。ある疾患の治療成果を評価する指標は何でしょうか? 進捗についてのエビデンスをどのような形で提供すればよいでしょう? 万能な答えはありませんが、ヘルスケア領域で成功を収めているデータサイエンスアプリの事例がそのヒントになるでしょう。
データサイエンスを使って、価値に基づく医療を提供できる有力な分野のひとつが慢性疾患です。糖尿病に関するプログラム医療機器(Software as a Medical Device、SaMD)であるWelldoc社の「BlueStar」は広く受け入れられているシステムで、FDAの承認を取得し、CMSによる保険料支払いの対象にもなっています。
BlueStarは、50以上の査読済みの出版物や研究をベースに、コンプライアンスを確保した強力なデータ基盤を構築。個別のコーチング機能や、血糖値、服薬、生活状況の記録機能により、HbA1c値の改善に向けた、より良い糖尿病管理の実現を目指しています。
そのシステムは大規模なデータとグローバルなベンチマーク、および中国やオーストラリアでの糖尿病に関する類似研究とのクロスチェックを基に構築されています。それにより、患者さんの生活の質と総合的な健康を大幅に改善する、包括的な健康ソリューションを実現しているのです。
この他にもヘルスケアにデータサイエンスを活用した例は数多くあります。例えば、Omada Healthは、デジタル治療の主力サービスとして、データサイエンスを活用した予防医学ソリューションを提供しています。Omadaは、患者さんが健康の変化を追跡し、自らのライフスタイルについて十分な情報に基づいた決定ができるようにすることで、生活の質の向上を目指しています。
健康リスクを下げる予防機能が充実しているOmadaは、個人ユーザーにも企業にも人気のサービスです。Omadaは中間プロセスを省き、センサー、体重計、ウェアラブルデバイスなどから独自のデータを直接収集しています。
そのデータとユーザーの行動データを組み合わせて、Omadaは個人向けに高度に調整されたプログラムを作成。患者さんの健康状態を深く理解し、プログラムを個別にアレンジしてくれるパーソナルヘルスコーチも提供しています。これらの機能には機械学習アルゴリズムが導入されており、収集データが増えるにつれて精度が向上していきます。
現在のところ、すべての領域で一律に適用できる、効果や進捗の測定指標はありません。承認や保険償還の判断は、段階的かつケースバイケースで行われており、今後数年間はこの状況が続く可能性が高いと考えられます。
そのような現状の中で、OmadaはCDC(米国疾病予防管理センター)から完全な認証を受けた最初のオンラインヘルスケアプロバイダーのひとつです。Omadaは明確なマイルストーンやベンチマークを設定し、定められた客観的なエビデンスを提供することで、CDCの基準に適合して規制の枠組みに対応しました。その結果、FDAの承認なしで、非営利医療保険組織であるBlue Cross Blue Shield(ブルークロス・ブルーシールド)等の保険者からの支払いを受けられるようになりました。
今すぐデータサイエンスの活用を始めましょう
慢性疾患の管理や予測医療、より安価で効果的な患者ケアの実現に向けて、データサイエンスは現代のヘルスケアに欠かせない存在となっています。
この変革の背後には、以下のような相互に関連する3つの重要な要素があります。
- 医療費高騰に対処する必要性の高まり
- 新型コロナウイルス感染症等による公衆衛生の危機、慢性疾患やオピオイド乱用の蔓延などの健康課題
- 人工知能、機械学習、ウェアラブルセンサーなどの技術の進歩
価値主導のヘルスケアが成長し続けている今、業界のリーダーは現状を理解し、データを基にした効果測定方法の開発に着手していく必要があります。
成功に向けての第一歩は、治療計画の妥当性や進捗状況のエビデンスとなる、ベンチマークや指標を定めることです。どのようなデータを集める必要があるのかを見極めることで、データサイエンスプロジェクトの戦略的な基盤を形成できます。
医療制度が危機に瀕する中、データサイエンスを活用することで、成果を向上させ、コストを削減し、あらゆるステークホルダーの利益を確保できます。今すぐデータサイエンスの可能性を最大限に引き出す取り組みを始めましょう。