新型コロナウイルスの流行以前から、医師の半数と看護師の3分の1が、燃え尽き症候群の症状を経験していると報告されていました。
パンデミック以降、事態は悪化の一途をたどり、現在、燃え尽き症候群を経験している医療従事者の割合は76%に達しています。問題はこれだけではありません。医療システム全体に、ストレスや疲労、家族や大切な人がウイルスにさらされないかという不安が広がっています。
また、医療従事者の48%は離職を検討したことがあり、49%は過去1年間に職場で泣いたことがあると報告されています。
最前線で働く人が、このような状況に置かれるべきではありません。すべての問題を解決できるわけではないものの、テクノロジーがひとつの答えになるでしょう。昨年、前例のない世界的な危機の中でも、質の高い遠隔医療を実現するという、デジタルヘルスの新たな可能性が見られました。
長期的にも、テクノロジーは医療提供者の負担軽減にさらに貢献していくと考えられます。より安全でストレスの少ない医療労働環境の実現に向けて、テクノロジーが医療提供者に与える前向きな影響について見ていきましょう。
医療現場でのテクノロジーの活用
医療は元来、最も早くテクノロジーが導入される分野でした。自宅にパソコンがもたらされるよりずっと前から、病院では文書化や分析などを行うメインフレームコンピューターが使用されていました。ただ、現在私たちが目にしているのは、モバイルデバイスやインターネット、ビッグデータを活用して、20~30年前には想像もできなかったことを実現する新しいテクノロジーの爆発的な増加です。
「ヘルステック」は幅広い領域をカバーするカテゴリーです。医療のITインフラから人工知能、デジタル治療まで、近年登場している、さまざまなイノベーションが含まれます。
医療従事者の健康と安全性の向上という観点では、特に次のようなイノベーションが有用だと考えられます。
もちろん、これらのテクノロジーは組み合わせて活用できます。現在の医療現場では、すでにこのようなテクノロジーを従来の治療法と組み合わせて利用し、患者さんにより良いケアをもたらすだけでなく、医療従事者の負担を和らげています。
また、職場での健康や安全性の確保の面でも、テクノロジーの導入により、ストレスや病気の発生率の低下、人為的ミスやサービス停止時間の減少、怪我の防止などにつながり、医療従事者が患者さんと過ごす時間も増加します。
医療現場のワークフローを最適化し、ミスを減らす
画期的なテクノロジーと聞くと、大規模で目立つイノベーションを思い浮かべるかもしれません。ただ、そのようなテクノロジーが必ずしも現実のメリットにつながるわけではありません。Starでは一貫して、医療におけるデータサイエンスの活用をテーマにしています。データサイエンスは実際、治療時の意思決定に役立つ情報を提供し、さまざまな医療活動を促進しますが、その影響は外からはわかりにくいものです。まさにそこがポイントです。テクノロジーがうまく活用され、ワークフローにスムーズに統合されているからこそ、存在を感じさせないのです。
テクノロジーは、医療が抱える大きな課題の解決につながる可能性があります。医療分野において人手不足は長年の課題であり、医療従事者にさらなる負担を強いる圧力となっています。看護師は書類作業に、報告された業務時間の27.5%、待つ、探す/回収する、届けるといった非効率な作業に6.6%を費やしています。
このような自動化が求められる状況に対して、効率性を向上させる素晴らしいデジタルヘルスデバイスがすでに登場しています。患者さんと介護者の効果的なコミュニケーションを支援する、Aivaのバーチャルヘルスアシスタントがその一例です。
Aivaは患者さんと介護者双方の要求を理解して応答する、ベッドサイドの音声アシスタントです。介護者は直感的なスマートフォンアプリを使って、あらゆるリクエストを管理・追跡できるため、介護施設の運営全体を改善できます。
テクノロジーの活用事例はこれだけではありません。ケアの調整、投薬管理、患者さんのアクティビティのほか、患者さんの教育といった非臨床的な取り組みにも役立ちます。
AIを活用した患者トリアージソフトウェアのCortiも、医療提供者に多くのメリットをもたらします。Cortiは患者さんへの聞き取りをリアルタイムでガイドすることで、第一対応者が患者さんに適切な質問をし、適切なケアにつなげられるよう支援します。同社の統計によると、Cortiを利用することで、ミスが50%減少し、介護者が患者さんと過ごす時間が15%増加しました。全体的な診断精度は92%となっています。
このような改善を足し合わすことで、大きな違いが生まれます。ここで数分、あそこで数分といった小さな積み重ねが、システム全体で数千時間の節約と効率の向上につながるのです。ミスの減少によって救われる命もあるでしょう。
ガイダンスや訓練の提供
米国の看護師の一般的な勤務時間は12~13時間です。これは、すでにOECD平均を上回っている平均的なアメリカ人の労働時間8.8時間よりも、はるかに長い時間です。
看護師の勤務時間の長さは、安全性とケアの質に大きく影響します。長時間勤務は、医療従事者自身の健康と安全を脅かすだけでなく、ミスが増えることによって患者さんも危険にさらします。
勤務時間の短縮に向けてポイントとなる要素のひとつが、ワークフローの最適化です。ウェアラブルテクノロジーは、訓練やガイダンスを提供する強力なツールとなります。
Google、Facebook、Lenovoといった大手企業に加え、新規参入企業も、ウェアラブルテクノロジーにより、付加価値のある費用対効果の高いソリューションを生み出しています。Vuzixもその一例です。遠隔医療が進む中、現場のケア担当者は同社のスマートグラスを利用することで、専門家からインタラクティブな助言をリアルタイムに受け取り、それに基づいて迅速に行動できます。提供されるメリットには次のようなものがあります。
- オンデマンドの医学ライブラリへのアクセス
- 患者さんから目を離すことなく、バイタルサインをモニタリングできる機能
- サポートスタッフや専門家とのリアルタイムの連携
- 治療を記録して訓練に活用できる機能
Vuzix以外にも、ウェアラブル技術を用いた実践的なガイダンスや訓練によって介護者を支援するヘルスケア製品が数多くあります。
Butterflyが提供している、ポータブルの超音波ツールも大きな可能性を秘めています。手持ちで操作できるこのデバイスは、スマートフォンと連動し、医療従事者以外の人でも簡単に使用方法をマスターできます。得られたデータをデバイスから遠隔地にいる専門家に送信し、情報に基づいた判断を下してもらうことができます。
医療機関の安全性を高める
デジタルヘルステクノロジーにより、人々が病院に行く必要性が低下し、自宅で過ごせるケースが多くなります。これは健康と安全の観点で大きな意味を持ちます。新型コロナウイルス感染症の流行でわかったように、遠隔からの診察やモニタリングは、患者さんだけでなく、医療従事者の安全確保にもつながるからです。
デジタルヘルスデバイスも、健康上のメリットをもたらします。Apple WatchやFitbitといったウェアラブルデバイスは、新型コロナウイルス感染症の早期発見に有効なツールであることが証明されています。
医療機関の管理者は、ツールを用いてスタッフの安全を確保しています。Rocheは、とくに医療従事者を対象として、デジタルバイオマーカー(生体指標)を用いた健康状態の追跡ツールを提供しています。医療従事者の健康確保については、その重要性を強調してもしすぎることはないでしょう。病気の兆候やストレスの早期発見、全体的な健康状態の把握などにより、医療機関の管理者は、休養やメンタルヘルスについてスタッフに適切な助言ができるようになります。
医療機関以外の施設での健康管理も、重要性が増しています。Starは最近、OneConcernと提携し、工場やオフィスの管理者が従業員の職場復帰を判断する際に役立つ、直感的なオンラインツール「The Covid Calculator」を作成しました。 データモデリングと使いやすいインターフェイスにより、企業は従業員の健康を守るために、情報に基づいた意思決定を行えます。
このツールは医療機関ではまだ利用できませんが、可能性は計り知れません。直接的な医療以外でも、請求の確認や収益サイクル管理といった業務に不可欠な領域で、テクノロジーが効果的に活用されています。
テクノロジーが実現する医療の未来
新しい医療テクノロジーについて語るとき、患者さんのメリットだけに注目しがちです。しかし、ウェアラブルデバイスを始めとするデジタルヘルスデバイスは、医療提供者や保険者、医療機器メーカーや製薬会社にとっても有益です。
医療が歴史的な転換点を迎える中、テクノロジーは、ワークフローの最適化や時間の節約、ミスの削減、医療機関全体の安全性向上など、今日の医療専門家が享受すべき必須の支援を提供します。
Starは、ネットワークに接続され、パーソナライズされ、合理化されたデジタルヘルスサービスの実現には、医療用のウェアラブルデバイスが不可欠な要素であると考えています。ZEISSとのコラボレーションからも、その実際の現場での活用方法がわかるでしょう。このプロジェクトでは、遠隔診断機能を備え、最大1000地点に対応する拡張可能な遠隔医療プラットフォーム「VISU360」を共創し、同社のサービス事業への転換を支援しました。その詳細もぜひご覧ください。