単独の治療法として、あるいは処方薬や他の医療機器との組み合わせで使用される「デジタル治療(DTx)」は、主流となるまでにあと一歩のところまできています。Omada HealthやBiofourmisといった企業がすでにユニコーンの地位を得ているほか、さまざまなDTx企業が記録的な額の資金を調達しています。ただ、これはまだ始まりに過ぎません。
ポッドキャスト「Shine」の今回のエピソードでは、DTxについて知っておくべきことをテーマに、3名の専門家がディスカッションしました。メドテック企業、保険者、医療提供者、製薬会社といった異なる視点からの知見を共有し、ビジネスモデルや費用償還(保険適用)戦略、影響力のある行動変容の推進といった話題も掘り下げています。現代の生活における他の多くの事柄と同じく、医療の未来もデジタル化が進むはずです。ぜひポッドキャストをお聴きいただき、その理由を探りましょう。
デジタル治療で行動変容を促進する
ポッドキャストでは、まずChrisがデジタル治療を「特定の症状や疾患の治療をサポートするために使用されるデジタルソリューション」と定義しました。「それは多くの場合、医薬品、医療機器、またはそれらを組み合わせたものと連携して使用されます」。デジタル治療の主な利点としては、医療従事者による患者さんのアドヒアランス(服薬順守や治療への積極的な参加)の追跡や、遠隔からの介入が可能になることが挙げられます。
デジタル治療は特に、ポジティブな行動変容を促すための強力なツールになります。実際、糖尿病や高血圧といった慢性疾患の管理・治療、メンタルヘルスや睡眠障害のサポートなどで、すでに効果をあげています。例えば、訓練、プログラム、食事サポート、ライフスタイル管理などを行うDTx製品が登場しています。
Jovicevic氏は「米国の医療費の86%は、行動変容によって治したり進行を遅らせたりできる病気に費やされている」と指摘し、デジタル治療のプロダクトこそが、その解決策だとします。「前向きな行動変容を促すことで、世界一高額な医療システムのうち、何兆ドルというコストを削減できるのであれば、やらない手はないでしょう」
Apple Podcastで登録する | Spotifyで登録する
ポッドキャストは英語で提供しています
デジタル治療と製薬会社の関係
デジタル治療の成長は、当初、多くの製薬会社の悩みの種でした。医薬品を使わない治療法は、製薬会社の本業と相反すると思われたからです。しかし、幸いなことに、ここ数年で、DTxと製薬会社は補完関係にあることが明らかになってきました。どちらか一方ではなく、両立すべきものだという認識が広まってきたのです。
実際にデジタル治療は、製薬会社が大きな課題に挑戦する力になります。医学学術誌「Annals of Internal Medicine」によると、慢性疾患の治療薬のうち最大50%が、処方通りに服用されていないことがわかっています。それによるコストは、米国で年間2500億ドル、全世界で6370億ドルに相当します。DTxを使えば、製薬会社は患者さんのアドヒアランスとアウトカム(健康上の成果)を改善する新しい治療の流れを生み出せるでしょう。
ただ、このチャンスを生かすには、これまでとは違った発想や考え方が必要になると、Jovicevic氏は指摘します。「これまで製薬会社では、製品の研究開発、調査、調整を10年以上という長いサイクルで行ってきました。製薬会社に長くいる人には、このやり方が身に染み付いているでしょう。一方、ソフトウェア業界では、開発サイクルはずっと短く、コストも低いうえに、製品に後から手を加えることもできます」
デジタル治療のビジネスモデルを構築する際に考慮する事項として、次のようなポイントが挙げられます。
- 開発するのは処方前の製品なのか、それとも処方後の製品なのか?
- 単体でリリースするのか、医薬薬と並行してリリースするのか?
- 自社のバイオ医薬品の競争力向上に貢献するか?
- ビジネス的な価値をどのように予測して、経営陣や関係者に提示できるか?
- ソリューションを実現するための人的リソースを確保できるか?
最終的にDTxは、製薬会社が価値を生み出し、効率を向上させ、市場で差別化を図るための強力なツールとなるはずです。そのためにまず必要となるのは、適切な製品戦略アプローチです。
個別化、コンシューマー化、費用償還の戦略
医療の個別化やコンシューマー化が進んでいます。例えば、心拍数トラッカーを着用する人は、10年前あるいは5年前に比べて格段に増えています。DTxは、このようなトレンドを牽引する重要な役割を担っています。
Crampton氏は、DTxを使用した睡眠改善を例に出します。「睡眠薬がいい例です。適切なハードウェアとセンシングツールを組み合わせてカスタマイズすることで、多くの患者さんの薬の服用を減らせます」
これは、DTx企業が直面する「費用償還(保険適用)」の問題に直結します。同氏は「スタートアップ企業にとって、追加のエビデンス提供などの取り組みが必要となる費用償還を目指すのか、一般消費者向けのアプローチをとるのかを明確にすること」がポイントになると指摘します。
答えは1つではないため、様々な方法を模索することが重要です。ゲストも複数のアプローチを共有してくれました。まず、これまでは困難だったものの徐々に広まりつつあるのが、CMS(米国メディケア・メディケイド・サービスセンター)を通す方法です。もうひとつは、Livongo社やArmada社が行っているように、大企業やその人事部門と協力して「福利厚生や健康増進・予防プログラムを提供し、従業員の健康や士気を高める」方法があるとJovicevic氏は説明します。ただこれには大規模な営業部隊や投資が必要で、顧客獲得コストを顧客生涯価値より抑えられるかどうかといった課題があります。
Crampton氏は、遠隔患者モニタリングや「遠隔医療を活用し、医師が患者さんとより深く関われるようにすることが、この分野を前進させるための現実的な選択肢」だとみています。
Chrisは、医師の支持を得るためのプル型マーケティングの重要性を強調して、こう話します。「Starでのリサーチと製品開発の経験から、医療従事者は、この種のツールの導入に対してやや懐疑的で、気が進まない面があるとわかりました」。それに代わる方法として「消費者への直販モデルや市場参入ソリューションから着手」して、まず患者さんに価値を知ってもらうアプローチを提案しています。「それによって存在感や認知度が高まり、医療従事者も、そのソリューションが患者さんの健康改善に役立つと理解できるでしょう」
大胆なDTx製品戦略を策定するために
デジタル治療は、食事、運動、睡眠、メンタルヘルスの改善などを促し、すべての人の健康的な生活を推進できる強力なツールです。Chrisが言うように「ポジティブな習慣をより魅力的にする機会」であり、そのインパクトは強調してもし過ぎることはありません。
本記事では、3名の専門家によるDTxについての洞察の一部をご紹介しました。ポッドキャスト本編では、メンタルヘルスにおけるデジタル治療のトレンド、遠隔患者モニタリング、障壁の克服、電子カルテ(EMR)とのデータ統合の重要性など、多くのテーマを掘り下げています。ぜひお聴きいただき、DTx製品開発アプローチの合理化に着手しましょう。